安定した生活へ

入社して数年は毎日のように遅くまで仕事をした後に同僚と飲み、帰りは終電近くになる生活でしたが、大変な事もありながら多くの学びと充実した社会人生活を送っていました。会社の人の良さに助けられ充実した生活を過ごしていました。

仕事を通して学び日々成長できたこと、その縁に感謝しています。またこの会社で知り合った2歳年下の女性と結婚することになり、仕事と家庭を持つ責任のある人生が始まりました。

結婚は私が32歳の頃でしたが子供はすぐに授からず、39歳の時に妻が妊娠しましたが流産してしまいます。思わぬ体験でしたが1年ほど後に再び授かり、高齢出産ながら無事に女の子が産まれました。 「流産した子はどうなったのだろう、残念に思っているのかなあ・・・」と感じましたがそれも私たち夫婦に必要なことだったのでしょう。

命を授かる体験は尊いものです

最大の試練

社内の体制も幾度か変化がある中で新しい上司を迎えました。この上司との出会いは私にとってとても大きな前進となり、その上司からの評価も良く信頼できる上司と仲間達と共に充実した日々を送っていました。しかしある日その上司が辞めることを告げられます。

そして次の上司とは関係性が上手くとれないようになりました。何故そのようになってしまうのかわからない程に、仕事上の問題というよりも感情的な関係においてうまく関係を保つことができずに、私は孤立してしまうようになりました。

「何故私がこんな辛い思いをしなければならないのか」その理由がわからず精神的には限界を超えていました。そしてさらに社内体制が変わり上司が交代しました。その交代により好転することを期待していましたが、さらに関係をうまく築けないタイプの上司だったのです。

その時期、体調を崩すことが幾度か起こりました。持病の腰痛は常に強い痛みを持ち朝起きれないほどの日もありました。また胃に激痛が起こった際にはストレスから来る胃潰瘍かと思い胃カメラで検査も行いましたが、どこにも異常はない診断結果でした。後頭部に激痛を感じて脳外科で詳しく検査することを直ぐに促されましたがこれも異常は見られないという診断でした。

私は人付き合いにおいて基本的に相手に合わせる能力があると自負していましたが、感情的な部分で違和感を感じる人に出会ったことがあまり無く、どうして良いかわからないほどのその状況に対して、その問題の正体が一体何なのか良くわからないまま日々を過ごしていました。

闇の中では周囲が良く見えなくなります

メンターを求めて

常に感情的にはどん底に居るような自分のまま、仕事を続けなければならない状態で、誰にも相談できないまま日々を過ごしていました。私はいつの日かメンターとの出会いを願い求めるようになりました。もう自分一人でこの精神状態から脱することはできないという思いが募っていきました。

それでもいつか必ず次の上り階段は訪れると信じて日々を過ごしながらも、メンターという響きへの憧れもあり、私にとってのメンターが現れてくれるよう天に祈っていました。夜空を見上げてはいつになったらメンターが現れてくれるのかという想いを募らせていました。

その頃はだいぶ感傷的になっていたと思いますが、メンターが目の前に現れることは無くとも、それに値するような出来事かまたは何か改善への道やヒントがいつか訪れるはずだ。という確信があったのです。裏を返せばそのような確信があったからこそ、夜空を見上げては不満を日々募らせていました。

そしてある日私は自ら行動を起こすことになります。心理カウンセラーが書いた一冊の本と出会い、その著者への連絡先へカウンセリングを受けられるか問い合わせました。しかし半年待ちの状態との事で縁が無いと諦めました。 後日ネット検索をして自宅付近で受けられるカウンセラーを探し最上位にヒットした、とあるカウンセラーのサイトに出会いました。それがワンネスカウンセラーの『大矢 祥子さん』でした。

その行動を起こすまでには強い葛藤がありました。自分は心の問題を抱えている。そして心理カウンセラーにそれを相談しなければならない程にバランスを欠いている。それは社会から外れてしまった落伍者ではないのか。自分で問題を処理できない失格者だと世間から見られるに違いない。そんな観念に縛られ心が締め付けられていました。

しかしそんな考え以上に、心理的な部分で自分が高いハードルを前にしている。自分の心と向き合わなければいけないことはもう決定している。そして私にはもう自分で解決する術を知っていない、誰かの助けが必要。この答えを知っている誰かを探さなければ。「素直に救いを求めよう」という意識に変わった瞬間にはすぐに手が動いていました。私に必要なのは『行動すること』だったのです。

ワンネスカウンセラーの『大矢 祥子さん』。この方との出会いによって私は、自分の中に原因があると確信を持つことになります。会社の人間関係において上司が原因だとずっと思っていた事に向き合う必要があること、私が変化する時を迎えている事、本当の自分とは・・・等について深く考え始める旅が始まったのです。2017年12月のことでした。

知ることを追求する旅は時に厳しい道のりかも知れません

その後私はカウンセリングを継続して受けながらスピリチュアル関連の書籍や情報を貪欲に求めました。すると不思議なことに私に必要な情報だけが近くに来るようになり、これまでにない程の速度で精神世界や前世、高次の自分、癒しなどに関する情報を学んでいきました。

祥子さんは間違いなく私のメンターでした。今思うと出会えたことが不思議でなりません。そして多くの書籍を読み進めるうちに、その数々の著者でさえも私にとって間違いなくメンターであると感じられるようになりました。

世の中には遥か昔から沢山の真理が存在している。それを求めた時には活字やデータの形で私達を導いてくれます。何年も前に書かれた書籍であったとしてもそれを翻訳した方や出版した人々のおかげで、私たちは知り得ることができる。しかも必要な時にそのタイミングでその情報が手元にやってくる。逆に言えば必要とする時が来るまではその情報は来ないのだとわかりました。

必要な時に必要な情報がやってきます

心の友を求めて

祥子さんとの出会いは私を少しづつ変えていきました。私の話を親身になって聞いてくれたカウンセリングの録音を通勤電車の中で繰り返し聞きました。言われた事が理解できない箇所もあり、それは即ち私が理解すべきことでもあり、いつもその事について考えを巡らせていました。毎回2時間以上お話を聞いてくださりとても気持ちが軽くなりました。この方に出会えて良かったと今でも思います。

その後、祥子さんから『叶 礼美さん』の存在を教えられました。ワンネスインスティテュートの校長であり祥子さんの先生でもある『叶 礼美さん』。私には雲の上の人のように感じましたが365日のメルマガを読むことが日課になり一話も飛ばさずに読みました。そしてアカシックレコードリーディングのイベントに参加し叶 礼美さんから直接メッセージをいただきました。その後散々悩んだ挙句パワーストーンセラピスト養成講座に参加することを決めました。

しかし私が講座に参加した主な目的は『スピリチュアルについて話し合える友達を作る事』でした。礼美先生から受ける初めての講座はその知識の宝庫に溺れそうになる程でした。そして講座で知り合えた受講生の方の多くは集中講座2期卒業生でした。「何て心地良い人達なのだろう」というのが知り合った瞬間に感じたことです。

その講座では男性は私一人でした。女姉妹の間で育った私は女性の中に居ることに抵抗はなく、異端な環境にも慣れている私は女性達の中に一人で混ざることは苦ではありませんでした。ということに加え先輩達が私を受け入れてくれたことで私はそこに居ることができました。そこで出会ったワンネスインスティテュートの講座生達と『魂の話』や『見えないエネルギーの事』『宇宙の事』などを話しました。

そんな話をしている時、私が知りたかった事、私が繋がりたかった友達とまさに今魂の話をしている。と実感できた時、本当に嬉しくて楽しいと心から感じました。今まさに自分が求めていた人達と出会い、共に真実の話をして沢山の事を教えてもらっている。私が来たかった場所がここなのだと思いました。

『霊性や魂について学んでいる友達を作る』という目的は達成できました。一方私はパワーストーンセラピストの認定を受けるつもりは無かったのですが、采配というものに導かれて認定を受けるための課題レポートを提出するために仲間たちと共に奮闘していました。

クローバーたちが集うように私達も出会いました

ワンネスからの誘い

私の人生では本当のことに気付くためには、それとは全く逆の道を一度経験しなければならないように思います。

パワーストーンセラピスト養成講座で知り合ったワンネスインスティテュートの受講生の多くは『集中講座の卒業生』でした。私も次に開催される『集中講座』へ参加するつもりでした。しかし2019年夏頃、数人のスピリチュアリストから「今の学びからは離れても大丈夫。あなたは一人でもやっていける。」というような助言を受けました。

私は集中講座は見送ろうという気持ちに変化しました。「講座に参加せずとも魂の探求はできるはず。私なりにそのような生き方を心がければ良い。集中講座への参加は見送ろう。」という思いに切り替わりました。しかし講座の説明会が近くなりスクールからお誘いの連絡をいただき、今は見送るつもりとの思いを伝えたところ、専科であれば単科のみ受講できる等のメリットもある事を知り、説明会には参加することに決めました。

実はその時点で集中講座の全てを受ける予感はあったのですが、それでも説明会に足を運び講座参加の条件を詳しく確認してから判断しようと思いました。また礼美先生に初めてお会いした際に私が受け取ったメッセージの中に「あなたは母艦を求めている、そしてそれを得るでしょう」という内容があり私の心に深く刻まれた言葉があります。しかし私はワンネスインスティテュートはその母艦では無いと感じていました。まだまだ見つからないものであって自分が本気で苦労を重ねなければ手に入らない、ひょっとしたら今世でも見つからないかも知れない程のものと思っていました。

そしていよいよ『第3期 集中講座 説明会』当日、ワンネスの講座でいつも利用する会場のある都内の駅に着きました。見慣れた街並みを確認しながら会場のビルに到着しエレベーターで10階まで上がります。説明会が行われる部屋を探しそのドアを開けた瞬間の感覚が今でも忘れられません。見えないエネルギーではありますが『暴風のように強烈なあたたかさ』が私を一気に包み込みました。

あたたかくて、嬉しくて、優しくて、心地よくて、懐かしくて、他にも色々な感覚があったと思いますがとても言葉では説明しきれない、心から安心できるような会場の空気に包まれて「これほどの心地良さを感じたことがない」と感じながら皆さんにご挨拶をしました。ワンネスインスティテュートのカウンセラー・セラピストの皆さんが集まると高い波動が渦になりその場を包み込むのです。そしてそこに居るスピリットガイド達全員から祝福され「よく帰ってきたな」「お帰り」と言われた感じがしました。

パワストの仲間でもある集中2期生達がカウンセラーとして座っていました。そして礼美先生、祥子さんや0期、1期の方々も居る。受講を検討される方々も集っており、そこに集う皆のスピリットガイドたちも勢ぞろいしている。というその会場の中は『あたたかさ』しか無いというような圧倒される程のエネルギーに溢れていました。私はここに帰ってきたかった、今日来て良かった、これを体感し確認するために生まれて来たのだと思いました。

怒涛のあたたかさに包まれる喜び

そして私は集中講座の全てを受講することに決めました。学長からはスクールのIT関連の作業も手伝ってほしいというオファーも受け快く引き受けました。2019年10月5日のその日は私にとって大切な一日となりました。

そうして長くて短くて濃密な3期集中講座の6ヶ月を経験し国際認定スピリチュアリストになりました。私の母艦はここワンネスインスティテュートであったのだと確信しました。

集中講座を卒業しワンネスインスティテュートと共に新たな出発

さらなる成長へ

2018年まではまさか自分がスピリチュアリストになるとは思いもしませんでした。私はスピリチュアルな世界に真理を求め探求を始めたものの、自分がカウンセリングをする側になるとは想像もしませんでした。 しかし不思議な出会いに導かれスピリチュアルカウンセラーとしてこれから活動を始めるところです。これは本当に私の身に起こったことです。ひょっとしたらこれを読んでいただいている貴方にも似たような出来事が起こるかも知れません。

そしてまだまだ私は学びの途中であると言い切れます。しかしこれまで私が学んできたことを活かして、これまでの私と同じような悩みを抱えていたり、メンターを求めていたりする方々の心を軽くすることに少しでもお力になれたら私も幸せになれると思っています。

私たちが生きているこの時代はとかく自分らしく生きられない要素が沢山あります。幼少期から大人になるまで人間関係で多くの困難を経験されてきた方は数多くいらっしゃると思います。何故そのように困難がやってくるのか。しかしその困難は自分に必要なものでもあります。

この度ようやくスピリチュアルカウンセラーとして活動できる時期を迎え、ワンネスインスティテュートのテクニカルオフィサーとしての役割も活かしながら、小さくてもあたたかな渦を作っていきたいと思っています。

最後までお読みいただき心から感謝いたします。

2023年1月

美しい地球へ感謝します